【アトピー治療記0】副腎疲労の典型状態(低血糖・糖質制限・カフェイン中毒)

アトピー治療記
アトピー治療記

※以前のブログを加筆修正して、こちらにアップしていきます。

私は生まれた時からアトピーでした。

今は栄養療法と心理的アプローチと、治療院での施術のアプローチ5年目で、アトピーの存在がほぼ透明になっています。

まあ、徹夜続きとか、寝不足1ヶ月とかをやると、「疲れているよ〜」って腕に出てきますけど。しかし今年なんかは、梅雨のダメージもほぼ受けずに(皮膚も体調も)元気に過ごしています。

低血糖と副腎疲労も強かったのですが、今や週3でジム行って、ガシガシ筋トレするくらい元気。

会う人たちには
「本当にアトピーだったんですか?」
「お肌…きれい…ですね…」
と言ってもらえます。

この前はぴちぴち大学生に、使っている化粧品根こそぎ聞かれれて、「私もついにアトピーの人からじゃなくて、一般の人からスキンケアを聞かれるようになったのか…」と感慨深かかったです。

話は戻り、生まれた時の環境について話します。

母の健康状態としては、自律神経は基本的にかなりバランスがよく、愛に溢れている人間なのですが、肉を昔からほぼ食べないので基本タンパク不足人間ですね。

本人も「子どもを産んでから死ぬほど体質と体調が変わったんよね」「出産は最大のデトックスかもしれん」と言っていたほどだったので(母個人の見解です)、まあ、なんかあったんでしょう。

ということで、生まれた時からアトピーでした。(2回目)
しかし、母は元から無添加大好き人間で、最近は一般になってきたあらゆる健康ムーブを、かなり第一線でやってきた人間です。生まれれた時から生活クラブで生きてきました。

ですので、生まれた時はアトピーが出ていても、出るのは肘裏、膝裏くらいで、それも夏の汗疹として出るくらいでした。

小中高はほとんど夏のみでしたね。
以下こんな感じできました。

高校2年生の秋に、長野に引っ越したのですが、その時にアトピーが再発しました。

顔面から滲出液が止まらず、朝起きると髪の毛が顔に張り付いて、枕と掛け布団は血と黄色の滲出液だらけになりました。

多分
・カビ(引越し先の家が川に囲まれていたのと、押し入れにカビが生えていた。すごい湿度だった)
・花粉
・引越しによっての環境の変化と家族関係のストレスによる自律神経の緊張
でしょう。

心理的なアプローチをした時も、長野の心的状況をよく覚えていたので、どうやら色々感じていた様子。今はそこもクリアになりました。

このあたりを話していたら、ブログが始まらず、終わらないので、今回はきくち針灸院に行く前数年前の、副腎疲労最盛期のお話を。

 

副腎疲労(HPAh軸機能異常)の最盛期

 

2016年3月の状態

左上から順に、膝裏、ひじ裏、背中、脇。

この頃は神戸に居を構え、毎日1時間半かけて大阪に通勤。帰りは乗り継ぎ次第で2時間。激務&ストレスフルの状態でした。

 

絶賛毎日低血糖をおこしていましたが、低血糖なんて知らなかった時代。

当然、ストレスと低血糖とで、副腎疲労真っ只中でしたが、この時期に爆発的に流行った糖質制限をしておりました。「アトピーの痒みは糖質からくる」という情報もあって(今思うと上澄の情報すぎて笑えますが)、その当時は「これだ〜〜!」と世紀の治療法かと思っていました。

炭水化物はもちろん、味醂などの調味料や、お野菜も糖質の多いニンジンや大根、玉ねぎなども除くなどの徹底ぶり。

最初は確かに炎症が少しは消えていったのですが、そこから進まず、結局皮膚はアトピーが出ているので次にタンパク質制限を開始しました。

アトピーの皆様は聞いたことがあるであろう「タンパク質は血(体)を汚す」理論ですね。これまた今専門的に勉強してわかる、情報の上澄加減がすごいですね。スープで言えば灰汁のようなもんです。

材料見ずに「灰汁は悪い」と言って、スープ捨てるようなもんですね。

ですので、糖質制限とタンパク質制限をしているので、食べているのは野菜のみ。

「どこからエネルギーも栄養もとるねん」状態でした。

 

クロレラとミネラル不足

さらに、「アトピーは重金属が溜まっているらしい」、と聞き齧り、デトックスするぞ、と、クロレラを毎日50粒ぐらいを3ヶ月くらい飲み続けていました。

ええと、体内にすでに溜まってしまった重金属っていうのは、肝臓の機能を上げて、重金属を溶かせる状態にしなければあまり排出できないのですけど、そんなことはつゆ知らず。ミネラルを一緒に吸着してしまう特性も持つクロレラをそんなに大量に、しかも長期間飲んでいましたので、そうです。ミネラル枯渇状態です。

(※今回書いてあることは、絶対に真似してはいけません。)

 

副腎疲労とカフェイン中毒

そして副腎疲労といえばのカフェイン中毒でしたので、コーヒーに頼りきって過ごしておりました。

毎日朝、13時、16時、19時くらいに尋常じゃないカフェイン欲にかられ、朝はコンビニでマウントレーニアのコーヒーを買い、夕方からはインスタントコーヒーを3杯くらいいれた激濃いものを2杯くらい飲み、帰りの電車に乗る前にスタバでカプチーノ、ショット(エスプレッソ)追加を毎日くりかえしていました。

今思うと、血糖値の落ちる時間帯ですね〜。

この頃は保育士ですので、大体お昼ご飯が11時半で、晩御飯は21時とかでしたので、この時間帯は血糖値が落ちています。

もう異様なコーヒー欲で、飲むというより流し込んでいました。

インスタントコーヒーって、苦いのによくもまあ、あんなに濃いのを飲んでいたものです。

 

休日は死んでいる典型的な副腎疲労

休日は昼の14時くらいまで寝て(というか起きれなくて、気絶状態)、2時間くらいかけて食事の準備と食事をし、そのあとまた夜の20時くらいまで寝て、お風呂に体を引き摺るようにはいり、また朝まで就寝…でした。

副腎疲労の最終ステージ前の典型的なパターンです。

体が動かず、起きられず、寝ることしかできない。

意識も朦朧としています。一食だけ、かろうじて食べられる、という感じ。

もちろん、ずっと低血糖状態だったことでしょう。

(それで、糖質制限して、タンパク質食べていないんだからね。今思うと笑えます。)

 

結局治らずステロイドに

糖質制限は1年間続けて、別に皮膚が治るわけじゃないわ、と辞めました。その後耐糖能機能が落ちているので、余計にカフェイン中毒になったんですね。

結局、全部しんどいのに、これといった効果が見られないので、最後は諦めて漢方とステロイド治療を一緒にやっている皮膚科(神戸のトアロードにある、結構有名な病院)に通い、漢方とステロイドを始めました。

漢方は生薬だったので、一晩水に浸水させて、弱火で1時間かけて煮出すというものでした。

保育園が4時半起床、5時に家を出る早番の時は、漢方のために3時半に起きなければならずでした。

さらに1時間に1回、午前中に飲み終えるようにする、という方法だったので、保育しながら、水筒に入れた漢方を1時間に1回飲む(おいしくない)という方法をとっていました。

漢方で治っているのか、ステロイドでおさまっているのかがわからなかったのですが、始めたらとにかく全力でやってみる根性があったので、しっかりと取り組んでいました。

 

今思うと「そんなことをやってのける、その思考と根性が副腎疲労の典型」という感じです。(笑)

 

4年間勤めた保育園を辞める

最後は、ステロイドに頼っている気持ちとステロイドを使っている拒否感を感じながら、それでもステロイドを塗っていれば大丈夫という安心感と共に過ごしていました。

そして、4年間勤めた園を退職します。

ブラックといっても過言ではない仕事を辞めた後、1週間くらい発熱が続き、2ヶ月くらいは黄色い痰と咳が引かない状態が続きました。

ストレスから解放され、副交感神経治癒反射が動き出したのでしょう。

緊張から外れた人間のあるあるです。
人間の体はよくできています。

退職してから、アトピーは出ていましたが、副腎疲労と低血糖はぐんぐん回復していきました。

 

 

ということで、副腎疲労最盛期の状態の頃のお話でした。

次回は菊池先生のところへ行きます。多分。

 

ちなみに

アトピーは母のせいか論争ですが、私はこれっぽちも“お母さんのせい”と思っていませんし、母との関係はご存じ兼ね良好です。

昔は一瞬母のせいかも…?と思ったこともありましたが、まあ、そんなことを考えても意味がないので、その思考は一瞬で消えました。

このからだで生まれて、このからだを生かすのは自分です。

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